新春の箱根を駆け抜ける学生駅伝!意外と知らない歴史とは?
日本のお正月に欠かせない一大スポーツイベントといえば《箱根駅伝》ですね。学生駅伝の最高峰ですが、実は90年以上の歴史を誇る学生駅伝ということをご存じですか?
ここでは意外と知られていない箱根駅伝の歴史について詳しくご紹介します。
箱根駅伝が始まったキッカケは?
毎年1月2日・3日に開催される箱根駅伝。実は歴史は古く、1920年(大正9年)に始まりました。
誕生したキッカケは一人の日本人、金栗四三氏にあります。金栗四三氏は日本人初の五輪マラソン選手で、1912年のストックホルム五輪に参加しましたが、途中棄権という結果に終わりました。
しかしその後2度の五輪出場を果たし、「日本マラソン界の父」と呼ばれるようになります。金栗四三氏は自身の五輪出場経験から「世界に通用するマラソンランナーの育成」を目標に掲げるようになります。
1917年には日本で始めて「東海道駅伝」が開催され、この成功を受け、金栗四三氏は大学や師範学校に「駅伝によるランナー育成の意義」を訴えました。
この金栗四三氏に賛同した早稲田大学、慶応大学、明治大学、筑波大学の4校によって1920年に初めて箱根駅伝が開催されました。
金栗四三氏はこの第1回大会の際に審判長を務め、万感の想いでスタートの号砲を鳴らしました。現在では学生駅伝の最高峰となった箱根駅伝ですが、その誕生にはこういった歴史が隠れていたんですね。
箱根駅伝の出場資格は?
箱根駅伝は日本一の歴史を誇る学生駅伝ですが、大学の陸上部であれば参加できるとは限りません。
箱根駅伝は、
- 関東学連加盟大学中、全大会の上位10校
- 予選会を通過した10校
- 関東学生連合チーム
以上の21チームで争います。
またランナーの参加資格は、
- 関東学連加盟校に学生登録をしていること
- 所属学校が関東学連から処分を受けていないこと
- ランナー自身が関東学連から処分を受けていないこと
- 出場申し込み回数が予選会を含め4回以内であること
となっています。近年では外国人の留学生ランナーも増加傾向にあります。
また全10区間の中で最も高低差のある第5区において驚異的な実力を発揮した選手を「山の神」と称します。
90年以上の歴史ある箱根駅伝ですが、「山の神」と称された選手はたったの3人しかいません。いかに第5区の「山登り」が大変か伺えますね。
いかがでしたか?歴史ある箱根駅伝の誕生には一人の日本人の熱い情熱が秘められていました。また限られた大学・選手しか参加できないからこそ選手の走りが多くの方に感動を与えてくれます!
ぜひこうした歴史や誕生秘話も思い出しながら新春の箱根駅伝を楽しんで下さいね。